2018.03.10 ブログ
最中(もなか)の由来 その2
さて、「もなかの月」というお餅は、どのようにして現在の「最中」になったのでしょうか?
江戸時代、それは日本の各文化が華開いた時代でもあります。菓子も例外なく、その文化を築いた時代でした。
砂糖の普及により様々な菓子が市民に広がり味わった時代です。
もなかの原型は、もち米の粉に水を入れてこねたものを蒸し、薄く延ばして円形に切りそろえたものを焼き、仕上げに砂糖をかけた干菓子であったといわれます。これは江戸の吉原廓内の「竹村伊勢」というせんべい屋さんが考案しました。この製品名が「最中の月」でした。今の最中の皮の原料はもち米の粉ですね。
時を同じくして、日本橋の吉川福安さん、林家善介さんという御菓子屋さんが売り出した「最中饅頭」は饅頭として中に餡が入っていました。
この二つの菓子のヒットにより、今の最中の形に近づいていったと言われています。